The Story
味酒鈴鹿國
私たちの蔵のある三重県の鈴鹿は、かつてより旨い酒を醸す地であることから、味酒鈴鹿國(うまさけずずかのくに)と呼ばれてきました。これは「倭姫命世紀(やまとひめのみことのせいき)」という、倭姫命が天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受け鎮座する地を探し、現在の伊勢神宮に定めるまでの行幸の様子が書かれた古い書物の一節に、「私は味酒鈴鹿国から来た」という記述が見られることや、また、現代における辞書「大辞林」(三省堂刊)にも、「うまさけ」と引くと「うまい酒の地」
「酒の産地として有名な鈴鹿にかかる枕詞」と掲載されていることから、はるか古の時代から鈴鹿は美味しい酒を造る味酒の地であったとしてこの語が広く知れ渡っていたことが伺い知れます。
実際、鈴鹿の風土は酒造りに恵まれています。鈴鹿山脈から湧き出る清冽な伏流水は広大な伊勢平野へと流れ込み、そこでは良質な米が育まれました。その米や水を使うことで古来よりおいしい酒を醸すことができました。
鈴鹿川流域にある川俣神社では毎年「味酒祭」が行われ、そのような恵まれた風土からできる美味しいお酒への感謝の思いを神に捧げています。
私たちが1869年(明治二年)に大黒屋清水清三郎商店としてこの地に創業して以来150年。
今日もまた酒を醸しています。長い歴史の中で伝えられてきた「味酒鈴鹿國」に恥じぬよう、うまい酒を粛々と醸すことがこの地で酒造りをする者の宿命と心得えて、日々研鑽を重ね「現代の味酒」を醸してまいります。
The Sake
私たちの酒造り
手をかければかけるほど米の旨味はまるくなり酒は成熟されていく。しかし単純に繰り返すだけの作業では良いお酒はできません。農作物がその年の天候や気温によって味わいに大きな違いが出るように、米を原料とし麹や酵母の働きを使って醗酵を生み出す酒も、またその年の気候や状況によって大きく左右されます。
日々じっくりと米との対話を繰り返し、仕事をしていくこと。これが何より大切です。
私たちの願いは、昨日よりも今日、少しでもまた一歩、理想の酒に近づけられるかということです。
今日、あらゆる場面で効率的な生産性が求められます。割り切って生産性を追い求めて大規模なシステムを導入すればそうしたニーズには応えられるかもしれません。しかしそれでは我々の求める理想の酒を造ることはできません。
細心の注意を配りながらじっくりと向き合うことができるような、通常より小さなサイズのタンクを使い、繊細な菌の働きや醗酵を丁寧に管理して酒造りを行うこと。生産量は多くありませんが、これこそが我々のできる最良の方法だと考えています。
日本人には無くてはならない大切な米。今年も無事に収穫を向かえた貴重な米を、また酒造りにも使わせていただく。いつも畏敬の念を抱きながら米の命を余すことなく大切に生かすこと。そうして毎回誇れる酒を作ること。これが私たちの行う酒造りです。
The Sake
時を紡ぎ、人を繋ぐ
悠久の時を経て続けられる酒造り、伊勢神宮を祀る三重県ではとりわけ酒は神事とともに育まれ、生活とは切っても切れない歩みを続けて来ました。今でも伊勢神宮では変わらない営みが行われています。
一方で近年、市場においての日本酒は大きな盛り上がりを見せています。今までに無いような様々な味わいや香りを持つものが生まれ日本酒ルネッサンスと呼ばれるほど、かつてないほどの賑わいを見せています。
その動きは日本国内だけでなく、米国やアジア、ワインが主流の欧州においてもワインコンクールに酒部門が設けられるなど、その勢いは留まるところを知りません。
この勢いが、しっかりと根を張った文化になるように、世界中でSAKE があたりまえの光景になっていくように、これからますます蔵元として努力をしていきたいと考えております。
私たちの作り出した酒が人々の集う場所で振舞われ、その一杯から笑顔が生まれ空気が和らいでいく。リラックスした中で、国や世代を問わず人と人が繋がり、かけがえのないひと時が過ぎていく。そんな時を紡ぎ、人を繋ぐお手伝いが出来きれば嬉しい限りです。
From Shimizu Seizaburo (清水清三郎商店)
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